創価学の皆さんへ 
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創価学会員さんへ①
 池田大作氏が、かつてどのように会員に指導していたか御存知でしょうか?

 【池田大作氏指導】
 『ご存じのとおり、私どもは日蓮大聖人の仏法を奉ずる信徒である。その大聖人の仏法は、第二祖日興上人、第三祖日目上人、第四世日道上人、および御歴代上人、そして現在は第六十七世御法主であられる日顕上人猊下まで、法灯連綿と血脈相承されている。ゆえに日顕上人猊下の御指南を仰ぐべきなのである。この一貫した仏法の正しき流れを、いささかなりともたがえてはならない。』(広布と人生を語る三二四九頁)
 『「僧宝」とは、今日においては日興上人よりの唯授一人の法脈を受けられた御法主上人猊下であられる。』(聖教新聞・昭和五三年二月二十六日)
と発言しています。
 この池田氏の発言は実に正しい。学会を破門にしたからニセ御法主だと言い張るのなら、創価学会に正義は微塵も存在しないことと同義であると言えます。
 学会員さんは、過去に日顕上人が、池田大作氏の御奉公を讃歎されていたことを持ち出して逃げますが、そもそも、日顕上人は日達上人のお心を汲まれたからこそ、御登座以来、ずっと反省懺悔した池田氏や学会を護ってこられたのです。
 すなわち、学会の五十二年度路線の教義逸脱問題で、池田氏が模刻本尊を造り、教学的な逸脱があった中、昭和五十三年十一月七日に大講堂大広間にて『創価学会創立四十八周年記念代表幹部会』(通称"お詫び登山")が行われ、池田氏が正式に謝って日達上人が許された経緯を、そのまま踏襲されたのです。
 日顕上人が御登座された頃は、「学会への追及の手を緩めるな」「信用できない」という声が全国で挙がっていましたが、「謝っている以上、それ以上言う事は、屍に鞭打つ行為である。」と全てを押さえられ、従わない者は僧侶といえども処分してまで、学会を護ってこられたのです。

 【日顕上人のお言葉】
 『私は言うのですが「もしも信仰的に創価学会が独立するというのならば、独立してもらえば良い」ということです。そのときには我々は、法主が陣頭に立って、徹底的に創価学会の全体を折伏して、改めて大折伏戦を日蓮正宗から展開すれば良い。(中略)宗門の全部が精力的に歩き回って、全員を救うべく折伏をしなければならないと思います。』(昭和五十四年十月十日 於宗務院)
と、当時から仰せなのです。
 そもそも、今回の問題の発端は、池田氏による、平成2年11月16日に開催された本部幹部会における、池田大作氏の御法主上人への誹謗中傷、また宗門に対する謂われ無き非難にありました。
 加えて、宗門の指摘に対する不誠実極まりない、およそ信徒団体とはいいがたい不信心・無反省の態度、口を極めた誹毀讒謗などは、もはや日蓮正宗を信じている者とは全くいえない状況でした。
 そこで、創価学会に対して、まず解散勧告を行ないましたが、いよいよ憎悪を燃やして宗門を非難中傷し攻撃してきたので、もはやこれまでとて、断腸の思いで、創価学会を破門処分に付したのです。
 そして、我々日蓮正宗の僧俗は、創価学会幹部の誑惑によって洗脳され、退転してしまった創価学会員に対し、折伏を遂行しているのです。
 よって日顕上人の言動には微塵も自語相異など無いのです。
 現在の創価学会の主張が正しいのなら池田大作氏自身が邪義を唱えていたことになります。
 また、池田大作氏の過去の発言が正しいのなら、現在の学会の主張は邪義であります。
 学会員さん どっちが正しくてどっちが邪義なんでしょう?
 教義が自らの都合でクルクル変わる教団は『邪宗の典型』であると、創価学会では教えないのでしょうか?

 【創価学会の矛盾】
 創価学会では、現在においても日蓮正宗が同会を破門したことに対し非難していますが、その一方で自ら独立したとも言っています。
 創価学会が破門になった時は、『魂の解放』と狂喜乱舞していました。
 一体、どちらが本心なのでしょうか?
 また、創価学会では、数百年以前の日蓮正宗の歴史をも批判していますが、ではなぜ、同会は三原則を守ると約束して日蓮正宗の信徒団体となったのでしょうか?
※ 創価学会は三原則を法人設立の条件として宗門へ提示した。
① 折伏した人は信徒として末寺に所属させること。
② 当山の教義を守ること。
③ 三宝(仏法僧)を守るこ
 


  創価学会員さんへ②
 
 お山に登山しなければならないという御書は無い!?

 上記の言葉を、創価学会婦人部に言われました。
あまりにも何も知らないことに愕然とし、哀れみを感じます。

 【御書に見る登山参詣の功徳】
 大聖人様は、
 「参詣遥(はる)かに中絶せり。急ぎ急ぎに来臨(らいりん)を企(くわだ)つべし。是にて待ち入って候べし。(1569)」
 「今此の所も此くの如し。仏菩薩の住み給ふ功徳聚(くどくじゅ)の砌(みぎり)なり。多くの月日を送り、読誦し奉る所の法華経の功徳は虚空にも余りぬべし。然るを毎年度々(たびたび)の御参詣には、無始の罪障も定めて今生一世に消滅すべきか。弥(いよいよ)はげむべし、はげむべし。(1502)」
と南条時光殿や四条金吾殿へ仰せであります。
 大聖人様が御在世の当時の御信徒は、大聖人様へお目通りの為に、おでましになられた、身延や佐渡へまで、参詣されていました。
 今の私たちの信心修行の中で、すべてに最優先すべきは、生身の大聖人たる戒壇の大御本尊への御目通りであり、総本山への登山であります。
 御法主上人のお許しをいただき、戒壇の御本尊に御目通りし、無始以来の罪滅と諸願成就を願うことが信心の根本なのです。

 【日寛上人の御指南】
 日寛上人は、
 「富士山は是れ広宣流布の根源なるが故に。根源とは何ぞ、謂わく、本門戒壇の本尊是れなり」(六巻抄 68)
と、大御本尊様を根本にした信心を教示されています。
 また、
 「須く根源を討ぬべし、若し根源に迷う則んば増上して真証を濫さん」(同69)
との文をよくよく心得て下さい。

 【創価学会の登山に関する昔の指導】
 戸田会長指導
 「われわれの貧乏と苦悩を救わんがために、日蓮大聖人様は大御本尊様を建立し、遺(のこ)されてある。
 これは、弘安2年の10月12日の大御本尊様のただ1幅なのです。そこから、分身散体の方程式によりまして、ずうっと出てくるのです。それから、ほかの本尊、どこのを拝んでも絶対にだめなのです。弘安2年の10月12日の大御本尊様から出発したものでなければ、法脈が切れてますから、絶対だめなのです。
 だから、身延や仏立宗や霊友会なんか、いくらがんばっても、御利益がでようがないのです。」(『戸田城聖全集』第4巻343)

 『折伏教典』
 「富士大石寺の大御本尊を拝まないものはすべて謗法である」(三一四㌻)

  池田会長指導
 「かかる絶対の大御本尊にお目にかかる登山会であれば、学会の登山会こそ、行事の中の最大の行事として、他の一切の行事に優先して行われているのである」(『大白蓮華』昭和38年10月号)
 これらの指導から見れば、今の学会員は、本物の信心でなく、謗法であると言えます。
「日蓮大聖人を信仰している」という者が、まさに大聖人様が現前とそこにおわすのに、その元へ参詣しお目通りを願わない、それでいいんだ。などと言うのはまさに「信心がない!」それだけのことです。
 日蓮大聖人=戒壇の大御本尊様。その大聖人様がこのように「参詣に励みなさい」とおおせであるのに、学会員はそれに背いている。しかも、御書に大石寺に登山しなければ功徳がないなどと書かれていないと言い張る。まさに「信心も教学もない!」それだけです。
 我々法華講員は、かつては日蓮正宗の信徒であり、現在も大石寺の御法主上人の御本尊を一人の例外もなく拝んでいる創価学会員を、何とか正法に立ち戻って欲しいと願い、折伏しているのです。
  創価学会が、大石寺御歴代上人がしたためられる御本尊を拝んでいるうちは、まだ道理が通じる人もいると信じているのです。
 本当に総本山大石寺は、学会で「桜を全部切った」「野犬がうろついている」「草ぼうぼうで荒れ果てている」ところなのか、ご自分の目で確かめてはいかがでしょうか?

 


  創価学会員さんへ③

 日達上人のお言葉
『最近よく、本山で戦争中、天照大神のお札を貼ったとか、拝んだとかで、それだからして、本山の血脈相承がどこかへ飛んでいってしまった、というようなことを言っている人がままあります。
 それについて、少々申し上げたいと思います。
 総本山において、天照大神のお札を貼ったことは一度もありません。  今時の大戦争において、国において軍部が大変に力を得て、我が国を滅ぼしたような状態でございました。昭和十八年ごろ、いよいよ戦争が激しくなってきた時分、この総本山においては当時客殿、御宝蔵、庫裡、六壷、それから大奥と、そのちょうど真ん中あたりに書院がございまして、(中略)
 そこは大書院ですから、御本尊は祭ってありません。
その所を、昭和十八年の、戦争がいよいよ盛んになった時に、国で借り上げてしまった、国に借りられてしまったわけです。

その時にその書院を『中部勤労訓練所』ということにされてしまったのでございます。(中略)その時に所長である上中甲堂と云う人が、書院の上段の間へ天照大神のお札を祭ったんです。             
 それに対して、こちらは再三異義を申し立てたんですけれども、しかし国家でやる仕事である、国の仕事であるから、いくらこちらで何を言っても、それは及びもしない。何とも仕方がないから、そうなってしまったのであります。
 ただそれだけのことで、別に我々がその天照大神のお札を拝んだことなどありもしない。また、実際その中へ入って見たこともない。入れてくれもしない。まあ借家同然で、借家として貸したんだから向こうの権利である。そういうような状態であって、決して我々が天照大神のお札を祭ったとか、拝んだとかいうことは事実無根であります。」
と仰せである。
 こんな事は創価学会首脳も充分承知しており、ただの難癖である事も分かっている。
 学会首脳は、史実がどうであるかより、会員が洗脳できればそれで目的は達するのである。


【不敬罪で投獄された戸田会長の宗門への認識】

 戸田会長は、戦後(昭和26年)日蓮正宗の僧侶について、
「わずか小勢百数十人の僧侶が、七百年間、チリもつけず、敵にもわたさず、みなみな一同、代々不惜身命の心がけで、一瞬も身に心に心身一つに、御本尊を離れずに、今日にいたったのである。(中略)ということは、真実の仏法哲学を滅しないことであり、実に偉大なる功績ではないか。」
と述べている。
「神札問題」等に関して多少宗門への批判的言辞はあるものの、創価学会の活動自体は日蓮正宗の教義に依存し、総本山大石寺に参詣することによって、信徒の幸福を願ってきたのである。
 したがって、戸田会長から見ても、当時の僧侶の行動が国民一般の感覚以上に突出していたとは言えず、非難に当たらないことを証明している。
※そもそも、不敬罪の逮捕理由は、学会員が衆人の前で神札を焼いたり、子供を亡くした婦人に「信心しないから罰が当たった」と言った事が発端で、官憲に訴えられた事にある。


【創価学会は、不戦、平和主義、民主主義を貫いたという嘘】
 当時の日本は、軍国主義のもと、軍部のみならず国民全体が否応なしに戦争に巻き込まれ翻弄された時代であった。
 それを、創価学会だけが、不戦、平和主義を貫いたと事実を曲げて美化しても仕方がない。
 戦時中の創価教育学会は、座談会の最初に「宮城遥拝」をし、軍歌を歌って、口々に「戦勝祈願」を訴えていた。これらは、牧口常三郎全集に明らかである。

 《ポイント》
 創価教育学会は、昭和6年の会発足に当たり、11人の顧問を置いているが、その中には、貴族院議員や官僚の他に、海軍大将・野間口兼雄氏や、台湾総督・太田政弘氏が名を連ねている。(『牧口常三郎全集』第8巻421頁)
 創価教育学会が、当初から反戦・平和を唱え、天皇制を批判していたのなら、軍人や植民地支配の最高責任者に顧問就任を要請するはずなく、また軍人らも、要請されたとしても、それを承けるはずがない。
 この事実をもってしても、創価教育学会が反戦・平和の団体であった、というのが、大ウソであることがわかる。
 また、昭和15年4月30日に行なわれた、創価教育学会第2回総会の会場となったのは、九段の軍人会館(現在の九段会館)。
 反戦・平和の団体が、こともあろうに「軍人会館」で大切な総会を開催するとは、どう考えてみても不自然であろう。加えて、軍人会館の側も、反戦団体に会館を貸す、などというのも、全く考え難い話ではないか。

 

【牧口会長の行動や思想】

・牧口創価教育学会会長が主催していた大善生活という、当時の座談会等々の記録等によると、牧口会長自ら、時の天皇に対しまして、天皇は現人神である、生き神であるということを、はっきりと、何回も繰り返し言っている。

・当時の牧口会長も、靖国神社へ行っている。
※靖国神社へは、それはただ神として、真実の神として拝むんではない。国の為に尊い命を捧げられた方々に対して、感謝する気持ちでお参りするんだと、言い訳をしている。
 しかし、当時は国から通達があって、学校の先生が生徒を連れて靖国神社に行き、学校を挙げて参拝させられていた。
 牧口会長だけがそんなことはしなかったというわけではない。

《神札を受けなかった本当の理由》
 牧口氏の国家神道観によれば、「天皇(現人神)」に天照大神以来の神が、全て集約しているという一元論に立脚して、神棚・神札を受持しなかったということである。
※大聖人の謗法厳誡を遵守したというより、自分の教義信条によっての行動である。

【学会がいわれなき誹謗を繰り返す日恭上人について】

 法義を曲げず、ギリギリのところで令法久住に苦心された日恭上人を学会員が好きな日亨上人は、
「晩年に法主管長としての時代に、宗教合同問題の難関を切り抜け宗開両祖の清流を少分も濁され無かった事は仮令役僧門下真俗の努力があったとしても、平素の優柔らしきに似合はづ強硬さを感謝せねばならぬが、是れとて法兄に取ては悠々たる神通師子遊戯三昧の一遍であったらうと推察する」と賞賛され、
 逆に『低級な御信者の中には池袋の隠居は国諌は嫌ひぢやげな先聖に背く怪しからぬ悪魔』といわれ無き誹謗者を、低級な御信者と日亨上人は切って捨てている。

※創価教育学会は、日本が戦争に勝つためには、国家諫暁が不可欠と考えていた。※低級な信者とは、時局を顧みず国家諫暁を宗門に迫った創価教育学会の事である。
《戸田城聖著『人間革命』1巻》
「国家諫暁だね。陛下に広宣流布の事を申し上げなければ日本は勝たないよ。これを御本山に奏請(しんせい)して、東京僧俗一体の上に国家諫暁をしなければ国はつぶれるよ。並大抵でない時に生まれ合わしたね」
 創価学会のどこに反戦の思想があるのでしょうか?

《注意》
 今の学会員のようなゲス勘ぐり(謗法を犯して焼け死んだ・相承もされていない・血脈は途絶えた)を憂慮されて、戸田会長は日恭上人の御遷化に関して「凡庸の推察は、差し控えなければならない。彼(※戸田)は、日恭猊下は一国謗法の苦を、御一身にお受けなさったものと拝察した。ありがたいきわみではないか、と思った。」と言っている。.
 現在の創価学会員がバカにしている血脈相承も、平成までは全ての学会員が信じていたのだ。
 日恭上人が御相承をされていないとしたら、それ以降の猊下にも相承が無い事になる。
 創価学会本部安置常住本尊(大法弘通慈折広布大願成就・第64世日昇上人 ・昭和26年5月19日) をはじめ、日恭上人以降の猊下の御本尊を全部本山に返してから、学会員は文句を言いなさい。
 創価学会に一分の正義無し。

 

 創価学会員さんへ④

 池田名誉会長の「称号・勲章集め」に疑問を感じませんか?

「池田先生は世界百二十六カ国から勲章を贈呈されている偉大な指導者です。」
 学会員の方にお目にかかるとよく言われます。
 しかし、かつて池田先生はこう指導していました。
「いまの政治家は、やれ勲章をもらうとか、金をとるとか、また有名人は利己主義になって、自分の名だけ売って、金もうけするとか、めちゃくちゃな世界であります。(中略)私ども創価学会員は、位もいらない名前もいらない、有名でなくともよい、大臣もいらない、また権力もいらない」(会長講演集九-三五九頁)
 しかし、今の創価学会は、公明党が政権与党に入り大臣がいることに浮かれ、機関誌である聖教新聞なども、池田大作が海外からさまざまな称号や勲章を受けたことを、誇らしげに大々的に報道し、池田礼讃に躍起となっています。
 それは創価学会の方針として、会員に池田大作の神格化・絶対化の意識を植えつけるためです。
 他の新興宗教の例を見てもわかるように、教祖の神格化・絶対化を説く宗教は、それ自体が邪宗教であるあかしともいえるのです。
 信仰に生きる真摯な姿勢をもつ宗教者であれば、肩書や称号などで自らの身を飾り立てたり、それを自慢したりすることはないはずです。
 池田の称号・勲章集めは、宗教者本来の姿からも遠く離れた煩悩のかたまりの姿というほかはありません。

 【広宣流布にはお金がかかる?】
 学会幹部が、会員に広布基金を出させる常套句です。
 しかし、使途は一切不明です。
 元SGI(創価学会インタナショナル)幹部の証言によれば、その幹部は、学会本部からの指示を受け、外国の大学に図書を寄贈する見返りとして、大学から池田大作への称号を授与してもらえるよう奔走したそうです。
 このことからもわかるように、池田の称号・勲章のほとんどは、会員から集めた金銭を使って手にしたものなのです。
 心ある世間の人は、称号・勲章で身を飾り立てているからといって、創価学会が正しいと思うわけがないのです。
 池田大作がなぜこのように称号・勲章に執着するかといえば、池田の虚栄心を満ためであり、会員や世間の眼を欺あざむき、やがては「世界の指導者」となりたかったからです。

【勲章をもらうにはお金がかかるのです。】
 例①北京大学から名誉博士号
 池田大作の名前が、北京大学の教育基金に100万元(約1514万円)以上寄付した人の名簿にあります。上から21番目です。

 例② マハトマ・ガンディー世界平和賞
 95年、法の華三法行の福永法源先生と揃い踏みで受賞! 
 その他の受賞者はドクター中松氏・笹川良一氏。
 ※ マハトマ・ガンディーの孫を自称する理事から贈られる賞。
 インド政府から贈られ、世界的に権威のあるインディラ・ガンディー賞(別名、ガンディー平和賞)とは全くの別物である。         
 ちなみに、元アメリカ大統領のビル・クリントン氏(1996年)は財団の資金の出元や素性が疑問視され賞を返上しています!

【勲章・称号で身を飾る愚かさ】
 日本の教祖と言われる人は、よく勲章や学位をもらっていますが、それをもって正邪を決すると考える人は殆どいません。
 このような褒賞を受けることが仏法の正邪を決める基準(創価学会・池田大作が正しいという証拠)になる、というのは、そもそも日蓮大聖人の教えにかなっているのでしょうか?
 日蓮大聖人は、「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(御書P577)と仰せられ、正法の修行者が仏法を知らない世間の謗法者から誉め上げられることは、むしろ最大の恥と思いなさい、と教えられています。
 むろん、正法を信仰する功徳が仕事上・生活上に現われて、それを周囲から評価される、ということであれば、それは正法の功徳の実証として喜ばしいことといえましょう。
 しかし、そうではなくて、仏法信仰者としての活動そのものを世間の謗法者から誉め上げられる、としたら、それは邪宗謗法を破折していくことを忘れ、世間に媚び迎合した、正法信仰者にあるまじき姿となった証左、に他なりません。
 また日蓮大聖人は、「名聞名利(みょうもんみょうり)は今生のかざり、我慢偏執(がまんへんしゅう)は後生のほだし(紲)なり。鳴呼、恥ずべし恥ずべし、恐るべし恐るべし」(御書P296)と仰せられ、仏道修行を今生から後生まで全うしていくためには、世間的な栄誉栄達を求める心や自慢する心を仏法の中に持ち込んではならない、と戒められています。
 勲章や名誉称号を集めて、「これが妙法だ」「私だけである」などと自ら誇る姿は、まさに名聞名利・我慢偏執以外の何ものでもなく、ここまで醜悪(しゅうあく)な心の持ち主は、たしかに「これまで1人もいなかった」といえましょう。

大聖人様の時代、弟子の中で、池田大作氏を思わせるような人がいましたが。

名前は「三位房」

 彼は、比叡山遊学中、貴族に招かれて説法したことを喜び、自慢げに大聖人に報告するなど、世間の名聞名利の風に吹かれ、流される根性がありました。大聖人は、その虚栄の心を、厳格に叱責されています。
『この仏法は、一閻浮第一の法門ではないか。何も恐れるものはないはずである。それなのに、貴族に説法したぐらいで得意になるとは、日蓮を卑しんでいるのか。日蓮の弟子としての大法を受持した僧たる自覚を持ちなさい』(法門申さるべき様の事 趣意)

結局、尊き信心を狂わせていくのは、常に「慢心」と「虚栄心」、そして「嫉妬」という醜い心なのです。
 さらに、その裏側には、必ず「臆病」という弱さが隠れています。


世界の指導者と言いながら、自らの11・16のスピーチの正当性を主張することもなく、一言も反論出来ずに破門になりました。

 創価学会の皆さんが一日も早く目を覚ますよう願うばかりであります。

 
  創価学会員さんへ⑤

 職業幹部の洗脳を砕く

 ①「宗門は学会を利用するだけ利用して切った」 
 あなたは、何をさして「宗門が学会を利用した」というのでしょうか。
 学会員の言い分の主なものとしては、
●学会員一人ひとりが御供養することによって正法興隆に寄与してきたこと
●学会員が身をもって総本山や末寺に協力してきたこと
●創価学会が、組織力や政治力をもって宗門や寺院の維持発展に寄与してきたこと
などを創価学会の功績として挙げることでしょう。しかし、これらの宗門への寄与や協力は信徒としての仏道修行であり、本来あるべき姿なのです。   
 戸田会長は、昭和二十九年十二月に、当時の学会員に対して、
 「信心を基調にして、折伏することと、お寺を大事にすることと、御本山へ尽くすことはあたりまえのことなんだからね。それが自慢のようになっては、も信者としては資格がない」(戸田城聖全集4-237頁)
と指導しています。
 創価学会員に功徳があったのは、学会員が信仰する日蓮正宗の教えが正しいものであり、学会員の御供養精神が清純なものであったからにほかなりません。
 学会員が成仏を願い、幸せを願って御本尊へ御供養し奉仕した真心は、必ず本人の福徳となり、その功績は正法の興隆に立派に役立ったのです。
 今になって宗門を「我々の真心を踏みにじった御供養泥棒」などと誹謗するのは、自らの福運を無にするばかりか、さらには大きな罪を作ることになります。
 また創価学会では、「学会が苦労して折伏した会員を、宗門が甘言をもって脱会させ、寺の信徒としている」といって、宗門を「信徒泥棒」呼ばわりしています。

しかし、破門以前の創価学会員はすべて日蓮正宗の信徒だったのです。 

まして、現在のような三宝破壊の謗法集団にとらわれている会員を救い出すために、宗門が折伏の手を差し伸べるのは当然のことです。
 謗法の集団から正法に導くことを「泥棒」呼ばわりするなどは、まったく的はずれな誹謗です。

②「宗門は、日蓮大聖人の仏法を正しく伝える清流だと思っていたが、実は謗法まみれの濁流だったことがわかった」
 創価学会では、
○宗門はもともと謗法まみれだった
○今回の問題によって、宗門の謗法が次々と明らかになった
といっていますが、宗門は日興上人以来、富士の清流を厳格に守り、日蓮大聖人の仏法を今日まで正しく伝えています。
 創価学会では、日蓮正宗の七百五十年の歴史に言いがかりをつける一つの材料として、「歴代の中には謗法を犯した法主がいる」などといっていますが、のちに述べるように、歴代法主上人に謗法があったなどということは、まったくありません。
 また、このほかにも、信仰の根幹や成仏の道とは関係のない些細なことがらを取り上げて、「宗門にも謗法があった」と大げさに騒いでいますが、これらは会員を洗脳するための悪宣伝です。
 創価学会は、「今回、宗門が濁流だったと初めてわかった」といっていますが、これは破門された創価学会が、宗門を尊崇してきた従来の主張を、百八十度転換せざるを得なくなった口実として、「今回初めてわかった」などといっているにすぎません。
 これはまた、創価学会が「宗門にだまされてきた」と会員に思い込ませるための狡猾な手段でもあるのです。
 創価学会がいうように、もし宗門が「謗法まみれの濁流だった」というならば、創価学会が宗門の信徒団体であった時代でも、学会員には御本尊の功徳がなかったはずです。しかし実際には、学会員は無量の功徳を得ていたではありませんか。これは、大御本尊の功徳が絶大であるとともに、宗門の教導が正しく謗法など一切なかったからにほかなりません。
 
 ③「信頼していた宗門と僧侶に裏切られた」
 日蓮正宗の僧侶は、宗祖日蓮大聖人の御精神を継承される御法主上人の御指南を身に体し、どこまでも慈悲を根本として信徒の教導に当たってきました。
 これは七百五十年にわたる宗門僧侶の基本精神であり、創価学会員に対しても変わらないものでした。
 そのために創価学会員から日蓮正宗僧侶は信頼され、それぞれの地域において麗しい僧俗関係を築いていたのです。
 しかし、平成二年十一月の池田大作による御法主日顕上人を誹謗するスピーチは、僧俗双方にとって思いもかけなかったことであり、お互いの信頼関係を根底から崩す悲しむべき出来事となりました。
 創価学会は、宗門の僧侶が突然、創価学会攻撃を始めたかのように主張していますが、創価学会問題の一切の原因は、池田大作の御法主上人誹謗のスピーチにありました。
 しかも、その後の創価学会の宗門攻撃にはすさまじいものがありましたが、宗門僧侶は慈悲と忍耐をもって会員を善導し、その誤りを正すために努力しました。これは創価学会に対するいやがらせや攻撃ではありませんし、まして、創価学会員への裏切り行為などというものではなかったのです。
 なお、創価学会の誤りに対する僧侶の心情について、第六十六世日達上人は、
「人々の無理解のため、或いは悪意の中傷に紛動されて、もっともたよるべき信徒が寺院を非難中傷し、圧迫するようなことがあれば、僧侶はまことに悲しい思いをいたして、否応なく反論しなくてはならないのであります」(昭和五十三年十一月七日・創価学会お詫び登山の折 大日蓮号外13頁)
と御指南されています。
 また創価学会は、宗門僧侶に対する悪意に満ちた中傷記事を連日、聖教新聞などに大々的に報道していますが、その内容の一々は教義の正邪や信徒の成仏とはまったく関係のないものであり、そのねらいは、「宗門僧侶は学会員をだましてきた悪人である」と、会員に思い込ませることにあるのです。
 ですから、あなたが「宗門僧侶に裏切られた」などと思っているのは、創価学会の情報操作によるものであり、決して正確な判断ではないのです。
 
 ④「宗門は創価学会員をだましてきた」
 あなたに限らず、創価学会員は何かにつけて「学会は宗門にだまされてきた」とか、「法華講員は宗門にだまされている」などといいますが、宗門と学会のいずれが信徒をだましているのかを判断するには、どちらが終始一貫した主張をしてきたかを見れば明らかです。   宗門は、教義・信仰・化儀のすべてにわたって、何ひとつ変わっていません。宗門は、宗祖日蓮大聖人の教えのまま、本門戒壇の大御本尊を信仰の根本とし、唯授一人の血脈を継承される御法主上人に随順して正法広布に邁進しています。
 一方、創価学会は、そのときの状況によって主張や指導がめまぐるしく変わっています。
 破門以後の創価学会は、従来の主張や指導とは異なった僧侶不要論、血脈否定論などを唱え、化儀・信仰においては『ニセ本尊』の作製、葬儀形式や観念文の変更などを行い、平成十四年には組織の基盤となる「会則」「規則」まで大幅に改変しています。
 破門以前においても、創価学会は宗門との間に交わした約束を何度も反故にしてきました。特に顕著なものとして、創価学会が昭和二十七年に「宗教法人」を取得するに先立ち宗門に誓った「三原則」を反故にしたことが挙げられます。
 その三原則とは、
一、折伏した人は信徒として各寺院に所属させること
二、当山の教義を守ること
三、三宝(仏・法・僧)を守ること
です。
 この三原則は、昭和五十二年頃の創価学会の教義逸脱によって破られてしまいました。そのため、当時の北条理事長(第四代会長)はこれを反省し、
 「創価学会は昭和二十七年の宗教法人設立時の三原則を遵守し、日蓮正宗の信徒団体としての性格を、いっそう明確にしてまいる方針であります」(昭和五十三年十一月七日・創価学会お詫び登山の折 大日蓮号外2頁)
と発表して、この三原則を二度と破らない旨を誓いました。
 しかし今回、創価学会はこの三原則のすべてを踏みにじり、大謗法集団に転落していったのです。
 創価学会が、信徒団体として宗門に誓った約束を二度も踏みにじった事実を見ても、創価学会が信用に値しない集団であることは明らかです。
 ですからあなたが「創価学会は宗門にだまされた」と主張することは、まったく事実と反対の認識であり、それは故意に宗門を貶めるためか、さもなければ、創価学会の悪宣伝にマインドコントロールされていることにほかならないのです。

 

  創価学会員さんへ⑥

 塔婆供養は御書にはない?

 恥ずかしげもなく学会員は、「塔婆供養に関して書かれた御書はない」と言い切ります。そして、塔婆供養を「金もうけの為の商売道具にしてきた」と言います。 本当でしょうか?
 過去に、学会員も普通に行ってきた塔婆供養を、いとも簡単に否定してしまう、これを洗脳と言います。
 このような創価学会の主張は、塔婆供養ができないことを不審に思う会員を欺(あざむ)くための詭弁(きべん)という他ありません。
 個々の会員は深く考えることもなく発言しているのかも知れませんが、自らの勉強不足と不信心をさらした大謗法の言辞であります。清く反省懺悔申しなければ、罪障を積んでしまうことをはじめに申しあげます。
 大聖人は塔婆の功徳と意義を明確に説かれています。その御教示に随って塔婆供養をすることは当然のことなのです。

 草木成仏口決
「我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは死の成仏にして草木成仏なり」(全716頁)

 中興入道御消息
「丈六のそとばをたてゝ、其の面に南無妙法蓮華経の七字を顕はしてをはしませば、乃至過去の父母も彼のそとばの功徳によりて、天の日月の如く浄土をてらし、孝養の人並びに妻子は現世には寿を百二十年持ち」(全1334頁)

 上野殿御返事
「此の子そとばに此の木をつくり、父の供養のためにたて、てむけりと見へたり。日蓮も又かくの如くあるべきか。」(全1557頁)
「塔婆供養は金もうけの為の商売道具で必要ない」という御書の御文は全く見当たりません。
 塔婆供養について戸田会長は質問会にて、
 [質問]:塔婆を立てて、先祖を供養するといわれましたが、毎日の題目で供養しています。これは形式であると思いますが、生命論のうえから説明してください。

「形式ではありません。仏法上の儀式であります。色心不二の成仏、草木成仏の深い原理からきているのであります。塔婆供養の原理についていえば、人が死ぬと宇宙に溶けこみます。色心不二の二法であるゆえに、この生命を塔婆という体を作って供養すれば、聞いた題目が生命に感じて業が薄くなり、苦悩を少なくしうるのです。一個の肉体を塔婆として、これ自体が死人の肉体に変わり、自身の生命を強めることができます。この功徳は、一心法界ですから、自分の身に帰るのであります」(『戸田城聖全集』第2巻・176頁)
と指導されています。

 池田会長もブラジル一乗寺にて
「塔婆供養の意義について述べておきたい。死後の生命は、宇宙に冥伏し、生前の因縁に応じて、十界のそれぞれの世界で、苦楽の果報を受けているのである。塔婆供養による唱題の回向によって、諸精霊に追善がなされ、生命の我を悪夢から善夢へと転換していけるのである。」(大白蓮華 昭和59年5月号)

と、わざわざブラジル一乗寺の法要に参列した後、メンバーにスピーチしているのです。
 池田会長の御指導もあり、私がブラジル一乗寺に在勤させていただいていた、平成2年当時は、常に日系人に限らず多くの方が塔婆を建立されていました。
 それも、ブラジルにとどまらず、南米各地の出張御授戒では、あわせて法事や塔婆供養の申し込みがあり、塔婆や筆や墨を持参し、現地に向かいました。
 しかも、当時のSGIと宗門の決まりとして、ブラジル以外の国で行われる出張御授戒では、御授戒・御本尊下付をはじめ、冠婚葬祭でメンバーがされた尊い御供養は、「現地の広宣流布のためにお役立て下さい」と一切受け取りませんでした。
 心ある、ある国の理事長の奥さんは「我々が受け取っていいのですか」と悩んでおりました。
 あくまでも、成仏と福徳を積んでいただくことが主であり、金儲けの道具のために、塔婆供養を営んでいるのではないという史実を学会員さんに知っていただきたいのです。 
 池田先生でさえ、息子さんや先祖の塔婆供養をされていました。しかも、過去の自らの指導や行いが間違いだったとは一言も述べていないのです。

 

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